2009年03月21日

手塚治虫「安達が原」

手塚治虫の短編「安達が原」は一度読んだら忘れられない作品である。
そして思い出したようにもう一度読んでみたくなる作品である。
人間の愚かさ、残酷さ、切なさ、非情さ、愛おしさ、それらが複雑に絡み合った名作である。

つい最近も読んだ。実はこの短編の原典ともいうべき古典を詳しくは知らなかった。
ネットで調べて判ったのだが、原典の方も実に重みのある内容で、狂気とは何なのかと考えさせずにはおかない凄みのある作品だとわかった。
一途な思いが世にも恐ろしい仕業を行い、己のあまりの罪深さに狂気に至る様は考えるだけで凄まじい気持ちになる。

具体的な話はこうである。(幾つものバリエーションがあるのは語り手それぞれに作品への想い入れから補足した結果なのだろう)

「みちのくの 安達が原の黒塚に 鬼こもれりと 聞くはまことか」と平兼盛にも歌われた安達が原の鬼女伝説。

京都のある公家の乳母であった岩手は、手塩にかけて育てた姫の病気が妊婦の生肝(きも)を飲めば治ると聞かされ、東に下り、陸奥(みちのく)の安達が原の岩屋に住みつく。

それから何年も経ったある晩秋の暮れどき、伊駒之助・恋衣と名乗る若夫婦が一夜の宿を乞う。
その夜、身ごもっていた恋衣はにわかに産気づき、伊駒之助が薬を求めて出かけた隙に、岩手は出刃包丁をふるって恋衣の腹を裂く。

恋衣が絶え絶えの息の下で、母を尋ねて旅してきたことを語ると、岩手は彼女が首から下げた守り袋を見て、幼い時に都に残した愛しい我が子と知り、気が狂いついに鬼と化す。

以後、宿を求めてきた旅人を殺し、生き血をすすり肉を喰らう「安達ケ原の鬼婆」として恐れられるようになるが、如意輪観音の加護を得た熊野の僧阿闍梨祐慶東光坊によって退治される。
その鬼婆の死骸を埋めた場所が黒塚で、如意輪観音を祀った寺が観世寺である。

※マンガの主人公の名ユーケイが祐慶から付いたもので、老婆(主人公のかつての恋人)の名前が黒塚アンニーである。

これは悲劇としては超一級のものだ。だから今でもこれに触発された作家が翻案して様々な作品を生み出し続けているのだと思う。

手塚治虫の「安達が原」では、なんと言っても最後の老婆の告白の場面が素晴らしい。
前の晩に老婆がなぜ一人嗚咽していたのか、正体を暴かれ殺されようとする際に必死でユーケイの身の上を聞きたがったのか。
これまでの一切の出来事の種明かしとなり、その運命の残酷さと再会した二人にもたらされた非情さに圧倒される。かつて愛した男ジェス(ユーケイのかつての名)を目の前にして今まさに生涯を閉じねばならぬアンニーの絶望、悲しみは察するに余りある。残されたユーケイも同様だ。
原典では狂気ゆえに鬼になるのは女(老婆)であるが、ここではユーケイがその立場になるかと予感させて物語は終わる。
原典から新しい世界を生み出した手塚の非凡さがうかがえる見事な作品である。


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posted by なっちゃん at 12:55| 静岡 ☀| マンガ・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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